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――語り尽くされたことかも知れませんが、まずは古家さんの子供時代、ダンスとのファースト・コンタクトから伺えますか?

「小学生中学年から高校まで習っていたクラシックバレエが、私が初めて習ったダンスですが、きっかけは小1の時に転校して、私の住んでいた集合住宅に引っ越してきたヨシコちゃん。すぐお友達になったんですが、彼女がバレエを習っていて、よく妙な動きを見せてくれたんです。今思えばポーズなんですけれど、当時の私には忍者のように見えて(笑)。それ以前から、近所の年上のお姉さんと一緒に遊んでは側転を教わって、芝生の上を延々と側転するという修行のような遊びが好きな子供だったんですが、ヨシコちゃんの動きにかなり感化され、それでも『バレエを習いたい』と言い出せたのは小3くらい。遅いデビューです」

――身体を動かすのが好きだったんですね。

「はい、それに物語を書く、それも戯曲のように配役や会話の形式で、みたいなことも好きでした。要は“ごっこ遊び”の延長だったと思うのですが。でも習っていたピアノでも、楽譜と違う変なメロディを勝手に弾くのが楽しかったし、お絵かきも好き。勝手な想像は全般的に好きでした。バレエが続いたのも、ピアノのように予習復習がなかったからですし」

――というと?

「バレエはレッスン場にいる間だけ頑張ればいいじゃないですか。家でやることがないというか(笑)。でも、やるほどにハマってムキになるタイプではあったんですが。子供の頃から基本優等生だったので、ほとんど皆が3、4歳から始めているバレエ教室の生徒の中で、自分の出来なさ加減に腹が立って最初は“クソ!”という状態だったので。そこで習ったことを使って、中・高では体育の創作ダンスや体育祭のダンス作品など、自分の活躍できる場所を見つけて嬉しくなったりもしました」

――お茶の水女子大学文教育学部芸術表現行動学科・舞踊教育学コース、という進学先はどのように決めたのですか?

「自分が他の人と違うところは何か、を考えてダンスだと思ったんです。人と一緒はイヤだったし、高校がスゴい進学校で“勉強もダメだ……”と思ってしまったので。調べるうちに、お茶大にはこんな興味深いコースがあるんだ、と。一方では高校時代、倫理や哲学の授業が大好きだったり、心理学にも興味を持って“人間とはなんだろう”的な大きな疑問を、漠然と考え続けたりもしていて。そういう興味と、自分の好きな身体表現を結びつけ、ダンスを通して“人間とはなんだろう”ということを勉強できたら、それこそが自分の一番興味の強い分野じゃないかと選んだ進路だったのかも知れません。高校時代、そこまで整然と考えられていたかはアヤしいですが(笑)」

――ダンスは確かに身体と観念、思想や哲学が結ぶ場だと思います。炯眼な高校生ですね(笑)。大学ではバレエ以外のダンスに色々触れたかと思いますが。

「コンテンポラリーやモダンを見て、身体の動く先輩が何故わざわざ崩して汚く踊るのかと最初は驚きました(笑)。地元・熊本ではバレエ以外のダンスを観る機会がほとんど無かったもので。授業で色々なダンスを観たり、レッスンを受けるうちに自分の中にあった『ダンスの価値観』みたいなものが一度崩壊し“私、何がやりたいんだろう?”と迷ったことも。多分、地方でバレエをやってきた子がお茶大に入ると、一度は経験する通過儀礼だったんだと思います。
 その後、授業の他に入ったダンス部で少しずつ、『自分のダンス』について考えるようになりました。そうなると今度はバレエ全否定状態というか、真逆に振り切った状態になって(苦笑)」

――プロジェクト大山のダンスを初めて拝見した時、その「バレエと真逆の身体」に個人的には惹かれました。重心の低さや、地に並行した連続的な動き、奇妙だけれどしなやかな仕草など。勝手な印象で言うと肉体は酷使しているけれど、身体が嫌がっていないダンスというか。

「初めて言われました。でも、自然な身体でありたいと思ってはいるんです。日本人の身体ならではの動き、心地よいラインの出し方・居方などがあると思いながら、私はダンスを創っているので。カンパニーの他のメンバーがどう思っているかはわかりませんが(笑)」

――カンパニーを作るきっかけは、どんなことだったんですか?

「あまり、きっかけらしいきっかけはないんです。ただ授業や部活で、ダンスを中心的に創ることが多かったので、そのまま“みんなで創作していきたいな”と思ってはいました。卒業するタイミングでセッションハウスに作品を出す機会があり、それでも“一緒にやらない?”“今回は出られるよ”といういつものやり取りの中で創作し、結果的にはその時の参加者が今も中心メンバーとして残っている、と。本当に学生の延長です」

――高学歴カンパニーとしては、就職問題で揺れたりはしなかったのでしょうか。

「(笑)私は全く迷わず、です。ダンスをやめる機会は受験など、これまでも何度かあったはずなんです。そのたび“バレエをやめて、ちゃんと受験勉強しなきゃ”とか、世間には“ちゃんと”の罠がはびこるんですが、“ちゃんと”するために長年続けてきた、自分を自分として形作る大事な要素を切り捨てていいのか、勿体ないと私はすごく思ったんですね。それを両親に話すと、親も“それはそうだ”と納得してくれたので」

――理解があるご両親ですね。

「父も熊本の美術館に勤務していますので、こういうことに理解はあるほうなのでしょう。仲間の中には就職活動した子もいますが、院生として大学に残る子も多く、自然にカンパニーを作る方向で話がまとまりました」

――少し戻りますが、在学中に影響を受けたカンパニーや振付家はいますか?

「自分の中では、近藤良平さん率いるコンドルズが大きいですね。今もお世話になっていますが、卒業論文もコンドルズなんですよ。確か……『「考えさせない」演出に関する考察』みたいな、うろ覚えでスミマセン(笑)。女子大学ですから、男性のダンスカンパニーの資料ということで映像で観たのが最初。“何コレ?”的な衝撃を受けました、テクニックでも美しさでもないところで成立する作品世界に興味が湧き、帰省した際に福岡ツアーに来ていたコンドルズを生で見て、すっかりハマってしまったんです。一時は制作のお手伝いで、楽屋スタッフをしたりもしていました(笑)。メンバーの石渕聡さんに、大学で講師して指導していただいたり、セッションハウスで近藤さんのワークショップを受けたりと、接点は色々ありましたし」

――なるほど、大山作品のユーモアや楽しさ、型にはまらない奔放さのルーツは、そのあたりにもあるのですね。

「笑いに限りませんが、創っていても自分が面白い、思わずプッと吹き出すような部分は好んで創作に加えたい志向は確かにあります」

――ダンスを創る際は古家さんの場合、何が「始まり」にあるのでしょう?

「どうなんでしょう……最近はとにかくキーワード、それも理屈ではなく、なんとなくモヤっとしたところから気になるキーワードを見つけ、“何故それが気になるのか”というところを考えて創ることが多いです。対象は、結局は現代社会や自分の世代関連のことだったりするのですが。以前は結構考えず、まず身体を動かし、動きを積み重ね、単純に身体遊びを楽しむところから「踊り」を立ち上げることもあったんですが。決してテクニック的なことではない、居方の面白さや、どんなテンションで立つか、その場にどういう雰囲気の人間を居させるか、というようなことですね。
 でも、自分でも自分の創り方がいまだに謎なんです。「どうやって創るの?」とよく訊かれますが、創作過程が自分でもクリアじゃないので「謎だね」と答えざるを得なくて(笑)」

――ダンサーさんたちにも、動きのアイデアは出してもらうんですよね。

「もちろん。そこはもう言葉ならぬ『身体のキャッチボール』のようです。「こう動いて」とお願いしたらできなくて、違う動きになったのが面白ければそれを取り入れる、みたいなこともありますし。やりながら、起きたことを発展させて面白いものを見つける、とか。バレエのようにメソッドがあって、決められたものを組み合わせて創るのではなく、自分の中から得意な動きをダンサーに渡し、皆ができるわけじゃないと、その出来なさも利用するとか。
 だから「こういうものを作ります」という、絶対的なものに向かって作るのは今は無理かも知れないですね(笑)。皆が同じ条件じゃない、ある意味ふぞろいなので。同じ大学でやってきたので、ある種の共通認識はあると思いますが。もちろん自分の中のイメージに近づけようとはしますけれど」

――様々な生命体を模したような動きも、モティーフに多いですよね?

「私、普段からきっとヘンな動きをしているんです。近藤さんが『キャッチ・マイ・ビーム』のアフタートークで、『(舞台上に)普段の優里がたくさんいたね』と仰って(笑)。多分すごいプリミティブなことだと思うのですが、嬉しいときついポーズを取るとか、そういう延長線上にあると思うです、私の中から動きが出て来るということは。感情だけではないけれど、言葉になりきる前の感覚的なところを動きにしているんだろうなと」

――『キャッチ~』には、生き物の進化の過程が織り込まれていると思いました。細胞レベルから始まり、動物になり、爬虫類や鳥類に分かれ、でもゴールは人類ではなくOLだった、みたいな(笑)。

「人間が生きているという現状には、背景や繋がってきたものとして、あらゆる動物的なものがたくさん存在していると思うんです。ダンスは舞台上に『生き物』がいることだと私は考えていて、だから場面によって、色々な生き物の動きや形が自然と表れてしまうのかもしれませんね」

――シンクロ風の衣裳はどういう発想から?

「あれは単純に“こういう格好のものが一杯いたら面白いだろうな”と思って。一匹だとそうでもないけど、『群れ』だとスゴイよね、みたいな発想でした。私がダンスを作り始めた大学の現場は、群舞を創ることから始まるので、色んな人、色んな身体で創るのが自然。だから基本「群れ」なんですよね、私自身も群れ感が好きですし。それを象徴した衣裳でしょうか。
 最初期の作品では青いブルマ、カボチャパンツみたいなコスチュームも着ていました。あれは……“こういうの皆で着たら可愛いな”くらいの発想でしたけど。今の衣裳って、“コレを着ていればだいたい大丈夫”という気持ちにさせてくれる、凄いアイテムなんですよ(笑)」

――分かります。大山メンバーの身体的な魅力、特に太もも辺りを非常に魅力的に演出してますから(笑)。「創る」ということに関して言えば、新作『ファンタジー』は今、どのような状況ですか?

「どーいう状況と言えば良いでしょうか(笑)……今までは作品に社会的要素を入れることに、どこか魅力を感じなかったんです。でも震災や原発事故を経て、今生きている状況、社会に実感として『危機』を感じる。これまでは、なんとなくの安心感と共に生きて来ましたが、今までよりは目の前の現実を真剣に考えるようになったと思うんです。
 だからといってダンスで何が出来るか、というようなことではなく、変化した現実の中に居る自分たちの身体、感覚に焦点を当てるような感覚が、この後の作品には加味されていくのかな、と。
 創ることに関しては、私の中でどこか“続いている”もののような気がするんです。『みんな知ってる』は母親から子供へと繋がる、引き継がれる連続性みたいなことがテーマとしてあったんですが、でも他の作品にもスケールは色々と違うけれど、そんな“続いている”という要素はどこかしらに入っていたように思える。すいません、終わってしまうと忘れることが多いんです(笑)。その意味では、今回の『ファンタジー』もその流れの中にある作品になるのではないでしょうか。
 例えば……私たちを形作る細胞は、様々な環境の変化に対応し、危険な物質や環境に直面したとき破壊されもすれば、それをくぐり抜けて変化・進化し、時間がかかったとしても生命を繋げていく。そういうことは、今感じている危機感も含め、何かしら『ファンタジー』に影響するモティーフのように思います」

――非常に興味深いお話しです。

「それから、作品を創る初期の状況を一口に言うと『ゼリー状』なんです。一回一回、公演ごとに何かをしっかり積み重ねているのではなく、公演が終わるとゼロとは言わないまでも形のない、ベローっとしたゼリー状に一度戻り、そこからまた新しい創作の核となるものを探し、もう一度固形物になるまで分裂・増殖していくような。少し前の取材でも、創作の過程についての質問を受けて、“カビが生えるように創っている”とお答えしたんですが(笑)、どうしても生き物っぽい感覚で考えてしまうんですね、私は」

――「ファンタジー」という言葉は、どういうところからの発想だったんですか?

「今の世の中はファンタジーみたいだと思いませんか? 政治など国の上部がやっていること全般に“ホントかよ?”と思わずツッコミたくなるような、信じられないことが当たり前のような社会。人間の頭脳、思考だけで組み立てたこの世の仕組みじたいが曖昧で、地球の他の生き物が築き上げた本当のルールからは、随分はみ出してしまっている。そんな漠然としたイメージから出た言葉ですが、まだどの部分が大きくなるかはわかりません」

――最後に。クリエイションの回数も、演劇や音楽など他ジャンルのクリエイターとの創作の機会も増えつつあると思いますが、古家さんの中でダンスに対する想いに変化はありますか?

「今だから、というよりそういう想いも自分の中では刻々と変わり続けるものに思えます。特にプロジェクト大山というカンパニーでの創作は、毎回少しずつ環境やメンバーが変わっているので、積み上げているようでいて、どこか変化し続けてもいるんです。とても有機的なんですよね、カンパニーとしても創作の方法としても。その中にあって自分としては、より根源的なところに疑問を感じるようになっているかも知れないです」

――それは、どういうところにですか?

「“何故踊るのか?”とか、全ての始まりに当たるようなところです。子供の頃の興味、学生時代の楽しさの延長で、自然にここまで踊り続けてしまったからこその疑問と言うか。そこは本当に謎だな、と改めて思うんです(笑)。ここまでの創作はどうしても短期間に、ドタドタと勢いで創ることが多かった。一個一個、テーマや動きを検証しながら創るような創作をしてみたい、そうすれば今持っている疑問に、違うアプローチができるかも知れないと思っているんですが」

――それはきっと、ソロ作品などを創る時に見えることかも知れないですね。

「はい、自分だけで創る、踊るとしたら何が内側から出て来るか、それは私自身もチャレンジしてみたいことです」

――まずは『ファンタジー』、それを踏まえたソロ作品も楽しみにしています。ありがとうございました。

                              2013年6月6日 新宿・但馬屋珈琲にて
                         
インタビュアー:大堀久美子